galleryten.net
copyright(c)2006-2012 gallery点 all rights riserved
河野迪夫個展
KONO MICHIO solo exhibition
2012.9.22(sat)- 10.14(sun)
12:00-19:00 木曜休館
河野迪夫 
KONO Michio






関連データ


個展2011



existence of TEN vol.3(2011)

carré2010
carré à zurich
carré à zurich 告知展
carré2009

ART NAGOYA 2012
ART OSAKA 2012
ART KYOTO 2012
Lineart 2011(ベルギー)

 河野迪夫の仕事は「工芸」である。と冒頭から言ってみたものの、個人的には、「ファインアート」とか「工芸」とか、作品を最初からジャンルで括ってしまうのは好きではない。器物(そうでないものも数多くあるが)という作品の存在を保証している要素の有無などの違いはあるだろうが、その分類は学問としての美術のためのものであって、鑑賞のために必ずしも必要であるとは言えない。もしそこから得られるものがあるとしたら、得体の知れないものを何かしらのグループに加え、名前を付けることによって得られる仮初めの安心感だけだろう。しかし何らかにカテゴライズしたところで、目の前にある作品の色や形が変わるわけでもないし作品は作品としてそこに在るのだ。大切なのはそれが何であるかを自分の眼で確かめること。そしてしっかりと作品と向き合うことではないだろうか。当たり前のことかもしれないが、作品から自分の感情を引き出すことが観るということの本質であると思う。それは「きれい」「かっこいい」「かわいい」そういったシンプルな感動でも十分楽しめるものなのだ。
ただ、美術・工芸のどちらでも確実に言えるのは、確かな手仕事は、その仕事の分だけ作品が熱量を内に秘めているということだ。それは目に見えるものではないけれども、一つ一つの形から滲み出て、人の心を動かす要素になるのだ。
河野の作品はまさにそのような手仕事の集積である。金属を叩いて作りだす地道な手仕事から生まれる様々な形は、生物の一瞬の煌きを中空に固定したかのような生命感に溢れ、そのしなやかさ、柔らかさは、金属の冷たさを忘れさせる。
そして何より、理屈抜きに彼の作品を向き合ったとき、「男の子的なかっこよさ」を感じずにはいられない。そう言ってしまうと、稚拙な表現に聞こえてしまうかもしれないが、最も感度の高い子ども時代、カブトムシやクワガタに感じていた「かっこいい」に近い感覚を引き出されるのだ。そしてあの頃の感覚はいまだに自分の中に息づいていて、ものを観るときのベースとなっていることに気付かされる。
複雑化するアートの世界の中で、私自身、作品を理解するために様々な思考を巡らすことに慣れてしまったが、河野のようなシンプルな感動を与えてくれる作品の存在を大切にし、いつでもそこに立ち返ることを忘れずにいたい。それがものを観るということの原点であり、作品を見つめ、自分の内面と照らし合わせることで心はいつも豊かでいられると信じている。

                    石 川 達 紘