私は「かわいい」という感覚が現代の経済的価値を重視する社会の中でより一層曖昧な皮をかぶり、その領域を増殖させていっているように感じています。しかし、同時に私の感じる「かわいい」という感覚には、大切にしたい重要な部分があるように思います。愛すべき全ての「かわいい」存在に触れたときに人間の心に生まれるのは、言葉では説明できない生命の躍動を歓喜するような感覚であり、そのものが「ある」ということ、それ自体を素直に受け入れるような純粋な幸福感のある感情です。今の社会はより簡単なものを求め全てを均一化しようとしているように感じます。情報化され、表面だけをなぞった薄っぺらなまがいものが大量に出回ることで、人々は自分自身がそこに「ある」ことすら曖昧にしか感じられなくなってしまうのではないかと思います。「かわいい」という感覚が曖昧な皮をかぶり出回ることはこのような社会の一端でしかありません。しかしここに感じる強い危機感は、現代を「生きる」一人の人間の大きな震えとなり作品制作のための原動力となっています。
私は「日記」として生活の中に何気なく存在するものをモチーフとして幾何学的な装飾作品を制作しています。幾何学を使った装飾を描くのは、装飾にとっても生命の存在、生命力が大変重要な要素であり、私の研究する「かわいい」という感覚と深いつながりがあるように感じたことにあります。ここで私が描こうとするのはそこに存在する生命そのもの、みなぎる生命力を携え常に世界に対して不安を抱きながらも戦うそのはかなくも強い存在です。静かに、だけど確かにそこに存在し、小さなうごめきを見せる生命。トクトクと脈打つ鼓動のように少しずつ変化しながらも本質を変えず繰り返すリズム。生活の中で発見した面白い形を回転させて独自の幾何学模様を作り、それををベースとしながらもそこに変化を与え、日々の中で時間をかけ描き続け、染め上げています。
樫尾聡美