「忘れずにいたい日常のささやかなものごとを、壊れそうなガラスに重ねあわせ、そのことに気がつく瞬間を提示したい。」展覧会タイトル「渇くことのない想い」には、小曽川さんが大切にしているそんな気持ちが込められている。
作品は、今にも崩れてしまいそうなほど薄く丹念に削られたガラスの花びら。静かに置かれたガラスの花びらからは、朽ちてゆく自然の一瞬の美しさとそこに潜む生命力を感じる。と同時に、脆く儚いながらも時間を永遠に閉じ込めることができるガラスという素材を通し、消えゆくもの幽きものの美しさを表している。彼女の代表作とも言えるこのシリーズは、どれも静謐な中に儚いものの美しさを放ち、工芸や美術といったカテゴリーを超えて見る者を惹き付ける。
そして今回の新作は、これまでより色彩を抑え、朽ちる前の花びらのようではあるがむしろ凛とした力強い彫刻。これまでよりさらに複雑で手間のかかる工程を経ることで、素材と形態がより際立っている。私には彼女の視線が、これまでの「ガラスの花びら」の美しさから、自らの手の中で表情を変えるガラス自身の美しさと形態へと移ってきたように感じられた。
シンボルとしてのガラスの花びらから、言葉に頼らないものとしての存在へ。それはガラスの新たな表情を模索しているようでもあり、また自身の深いところから何かを掬い出そうとしているようでもある。大切にしたいものの儚さ、美しさ、そしてそれを想うこと。小曽川さんの作品には彼女の思考の痕跡がそのまま現れている。
私はこの時代に制作をする者として、小曽川さんのように作品と自分自身に誠実な作家に出会えたことを嬉しく思い、また今後の作品を楽しみにしている。
富山ガラス造形研究所教授 本郷仁